時間、過去、未来、この映画がルイーズの記憶そのもの
映画「メッセージ」は、難しい。
映画を観て、内容は何となく分かるものの、「あれは結局どういうことだったのだろう?」という人は少なくないだろう。
これからその点をネタバレありで考察してみたい。
映画「メッセージ」の難しさ
くり返すが、映画「メッセージ」は、難しい。
では、どこが難しいのだろうか?
それは映画の根底に流れる「概念の理解が難しい」のである。
「メッセージ」を理解するには「理論物理学」の知識が必要であり、それは誰でも知っているというものでもない。
しかし、逆に言えば、その概念さえ分かれば、「メッセージ」の演出まですべて理解できることになる。
過去、現在、未来
「われわれは過去を憶えているのに、なぜ未来を思い出せないのだろうか?」
これは、スティーブン・W・ホーキング「ホーキング、宇宙を語る(A Brief History of Time)」の中の一文だ。
理論物理学では、過去も未来も「時間」という意味で同じである。
同じであるのに、我々はなぜ時間の流れを認識しているのか?
それは、我々が「過去の出来事は憶えているが、未来の出来事を知ることができないから」である。
「メッセージ」の中で、地球外生命体ヘプタポッドは「時間を流れとして認識していない」と語られる。
我々は通常、「時間を流れとして認識している」ので、「時間を流れとして認識していない」感覚が分からない。
ヘプタポッドは、どのように時間というものを認識しているのか?
そのヒントこそ、ルイーズの記憶の描写に他ならない。
ルイーズに与えられた「能力」とは
物語の終盤、ヘプタポッドは人類に「武器を与える」というメッセージを与え、一気に世界全体の緊張感が増す。
そして、ヘプタポッドから能力を授かるルイーズ。
それが、ヘプタポッドと同じく「時間を流れとして認識しない」感覚だ。
その結果、ルイーズは、「過去を思い出せるように、未来も思い出せる」ようになったのだ。
これが、映画の冒頭から、謎のタイミングで挿入されるルイーズの「未来の記憶」の正体である。
ルイーズは、「過去を思い出せるように、未来も思い出せる」ようになったため、未来のことを思い出していたのだ。
それならば、ルイーズがヘプタポッドから能力を授かる前に未来の記憶のフラッシュバックが起きるのはおかしいのでは?
いや、そうではない。
ここが「メッセージ」の演出の面白いところで、未来の記憶のフラッシュバックが起きている部分が回想なら、その前後の部分も同様に「過去の回想」なのである。
映画の序盤のルイーズの場面は、あえて現在進行系のように演出しているが、その部分も、ルイーズがヘプタポッドから能力を授かったあとに「過去を思い出している」部分なのだ。
過去の記憶と未来の記憶が同じように思い出せるようになったルイーズ、「メッセージ」の演出は、その感覚を表現しているわけである。

このヘプタポッドとルイーズの感覚は、現在において、未来をあらかじめ知っているというものだが、「未来を変えることはできない」ことに注意が必要だ。
我々が「過去を変えることができない」ように、ヘプタポッドもルイーズも「未来を変えることはできない」のだ。
つまり、現在ではまだ存在しない、未来に生まれるルイーズの子ども・ハンナを産まないという選択も、ハンナを助けるという選択も、それはできない。
「ラプラスの悪魔」
これは、どういうことか。
18世紀に生まれたフランスの物理学者、ピエール=シモン・ラプラスは、「未来はすでに決定している」と言った。
もしもある瞬間における全ての物質の力学的状態と力を知ることができ、かつもしもそれらのデータを解析できるだけの能力の知性が存在するとすれば、この知性にとっては、不確実なことは何もなくなり、その目には未来も(過去同様に)全て見えているであろう。『確率の解析的理論』1812年
これが「ラプラスの悪魔」として知られる、未来の決定性を論じる時に仮想された超越的存在の概念である。
いま風に説明すると、「宇宙すべてのことを計算できるほど高性能のスーパーコンピューターがあれば、宇宙の始まりから終わりまですべて計算できる」というわけ。
「ラプラスの悪魔」によれば、物事はすべて「宇宙の終わりまで決定している」ことになる。
あなたが今、このブログの文章を読んでいることも、この宇宙が誕生した瞬間から、「すでに決まっていた」ことなのだ。
ヘプタポッドは、「未来をすべて知っている」から、意図的に、人類を疑心暗鬼にするため世界の12箇所に現れ、個別にコンタクトし、最終的には世界の緊張感を最大限に高めたうえ、ルイーズにそれを収めさせたのだ。
同様に、未来をすべて知ることになったルイーズは、未来に教えてもらうことになる電話番号を思い出し、未来に自分が書くことになる本の内容を思い出すことで、問題を解決することができたのである。
「メッセージ」の宇宙観では、未来はすでに決まっていて、時間は一本の道のようなものに他ならない。

未来を変えることはできないルイーズ
つまり、そうは見えなくても、ストーリーの中では「何ひとつ不測の事態は起こっていない」ことになる。
こうして、世界は救われた。
しかし、「未来を知ることはできるが、未来を変えることはできないルイーズ」は、いったいどんな心境なのだろう―。
最後に
最後に、「メッセージ」の根幹をなす「ラプラスの悪魔」の話で、今回の感想は終わりにしたい。
「ラプラスの悪魔」は、物理学者を多いに悩ませた。
「果たして未来はすべて決まっているのか?」
しかし、それは20世紀にいちおう決着することになる。
20世紀に入ると、「量子力学」が登場し、ドイツの理論物理学者であるハイゼンベルクは、「不確定性原理」を提唱する。
不確定性原理によれば「原子の位置と運動量の両方を正確に知ることは原理的に不可能」という。
つまり、「宇宙すべてのことを知ることが不可能ならば、ラプラスの悪魔でさえも未来を見ることは不可能」ということになったわけである。
「いや、でも、ラプラスの悪魔がもっと賢かったら?」
いろいろ考えてみるのも楽しい。
果たして、未来は決まっているのか、それとも決まっていないのか―。
前田邦彦の採点と点数
- ストーリー: 18点(20点満点)※概念は難しいが、ストーリーは難しくない。ファーストコンタクトの緊張感など面白い。
- 設定: 6点(10点満点)※地球外生命体ヘプタポッド関連のデザインや文字などはクジラやタコなどから想起されたもので、やや平凡。
- 映像: 15点(20点満点)※宇宙船の中では重力の向きが変わったり、細かい部分も良い。
- 編集・演出: 10点(10点満点)※感想の中で述べたが、ルイーズが得ることになった感覚をそのまま演出しているアイデアが良い。
- キャスティング・演技:10点(10点満点)※エイミー・アダムス、ジェレミー・レナー、文句なし。
- 音楽・効果音: 10点(10点満点)※マックス・リヒター「On the Nature of Daylight」、そして、ヨハン・ヨハンソンによるスコアが美しい。
- 前田邦彦の+アルファ:15点(20点満点)※やはりこれだけ難しい概念を映画として表現した部分を評価。
【メッセージ】の点数は【84点!】
