リビルド(再構築)に伴う「序破急+1」の謎
そんなわけで、自分の中でエヴァの結論が出たために、再びエヴァが映画化されるというニュースにもさほど興味がなかった。
まぁレンタルが旧作落ちしたら観るかな、くらい。
ただ一つ、不思議なことがあった。
それがヱヴァンゲリヲン新劇場版の副題「序破急」だ。
序破急とは能などに用いられる三幕構成の意味である。
しかしヱヴァンゲリヲン新劇場版は4部作であるという。
物語が4段構成ならば通常は「起承転結」を用いるはずで、そこをわざわざ「序、破、急、タイトル未定」という構成にしている。
4部作の最初の3作品に「序破急」という副題を付けるのは非常に収まりが悪く感じるので、これが疑問の一つであった。
単に「序破急」言いたかっただけなのかな…とか(笑)
「序」:碇シンジの新たな描写と感情移入
などと思っていたら「序」を観ないうちに「破」が公開されるというニュースが(笑)
今度は、「惣流・アスカ・ラングレー」が「式波・アスカ・ラングレー」に変更され、新キャラクター「真希波・マリ・イラストリアス」が登場とのこと。
まぁレンタルが旧作落ちしたら観るかな、くらい(デジャブ)
…なんて言ってる間に「急」改め「Q」が公開されるという。
まぁレンタルが…と言いたいところですが、震災が終わって、ちょうど現在、僕の中で「思い残した作品を観ておこう」というキャンペーン中でして、今まで、いつか観よう・読もうと思っていた作品を実際に観たり読んだりしているところに、TVで放映されたのをきっかけにまとめて観ることに。
そんなわけで「序」「破」「Q(冒頭6分38秒)」→「Q(劇場)」へ。
まず、新劇場版に対する自分の予想としては、夢オチとオタク批判で終わった旧作から考えれば「今度は真面目に作るしかないだろう」ということ。
そう考えると旧作と同じオチは封印することになると考えられる。
その第1作目である「序」は、旧作を踏襲しつつ、良く考えられて取捨選択・再構成されている。
実際のところ「序」はTV版のストーリーをもとに再構成されていて(作画は完全新作)そこまでの驚きはない。
しかし特筆すべきは、主人公、碇シンジの性格が以前と違った印象になったことだ。
旧作のシンジは、性格にムラがあり、行動に一貫性がなかったせいか、あまり感情移入出来なかった。
それは、少年の思春期特有の表現かと思っていたが、新劇場版を観ると、そうでもなかったのが分かる。
同じシチュエーションでも、描写の仕方が変わったり、丁寧になることによって、こうも碇シンジの印象が変わるのかという驚きがあった。
新作のシンジの方が、性格が前向きに感じられ、旧作よりもすんなりと感情移入できる作りになっていると思う。
「破」:パラレルワールドの示唆と待ち望まれた理想像
ほぼこれまでのエヴァを踏襲した「序」に対して、新しい展開が増えていく2作目。
「序」も同様だが、当然、劇場版はTV版より尺が短いために、不要な要素は取り払って再構成されている。
なるほど「惣流」が「式波」になっていて、アスカの方は深く掘り下げないわけね、とか。
今回も「序」に引き続き、観客はシンジに感情移入できる作りで、シンクロ率も上がりっぱなしといった感じか。
そのため、ラストまでエヴァファンが夢に見たような理想的な展開が続く。
気になるのは、「序」のラストに早くも登場した渚カヲル。
カヲルの意味深な発言から、新劇場版は旧作のパラレルワールドなのかという疑問が生じる。
アスカの設定変更や新キャラなど「破」はTV版から離れ始め、新劇場版は実質的に旧作のパラレルワールドといえるのだが、それを渚カヲルが劇中で認識しているとなると話は変わってくる。
なぜなら、渚カヲルが我々観客と同様に旧作の世界も知っているということになると、エヴァの世界観の中にパラレルワールドが存在するということになるからだ。
しかし、カヲルの意味深な発言に不安を覚えつつも、「破」は、これこそみんなが待ち望んでいたエヴァの理想像なのではないかと思えるものであった。
「Q」冒頭映像の衝撃
そして、劇場公開に先駆けて公開された「Q(冒頭6分38秒)」の映像。
まず、エヴァによる空間戦闘という斬新な映像、そして「破」で、どうなったのか不明だったアスカの元気な姿。
一見、「破」を引き継いで、順調に発展している、この「冒頭6分38秒」が「Q」の導入として恐ろしく良く出来ていることを、後に劇場で知ることになるのだ…。


(「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」感想 に続く)
