我々観客にも「リコール」体験がもたらされる
「アンダーワールド」「ダイ・ハード4.0 」のレン・ワイズマン監督の最新作「トータル・リコール」観てきました。
早速のレビューです。
まず、「トータル・リコール(1990)」はフィリップ・K・ディックの短編小説「追憶売ります」を下敷きに、1990年にアーノルド・シュワルツェネッガー主演で映画化された作品。
今回の「トータル・リコール(2012)」はその、旧「トータル・リコール(1990)」を22年振りにリメイクした作品である。
「フォール」を巡る新たな世界観
21世紀末、大量の化学兵器を使用した世界大戦が勃発。
その結果、地球上の大半が汚染されたために、人間の居住可能区域は、富裕層が暮らすイギリスを中心としたブリテン連邦(UFB)と、貧困層が暮らすオーストラリアを中心としたコロニーに限定されていた。
UFBとコロニーの間には「フォール」と呼ばれる超巨大エレベーターが地球の内部を貫通して通じており、貧困層はその「フォール」に乗ってUFBに通勤して働いていた…。
「トータル・リコール(1990)」の火星設定は一切なくなっており、前述の新たな世界観での物語となっているのだが、とにかくこの「フォール」がトンデモ設定。
しかもプロットから逆算したと思われる設定・世界観のため、この時点で勘の良い人なら途中の展開はかなり読めてしまうのが悲しいところ。
そもそもリメイクだから基本的なプロットはバレてるしな…。
しかし、「フォール」を否定しても始まらない。「フォール」を否定するのは、「デスノート」に対して「ノートに名前書いたら死ぬってあり得ない」と言っているのと同じこと。それは批評として完全に的外れだ。
今回の「トータル・リコール(2012)」は、そういう設定・世界観での物語。ツッコミたいのは山々だが、そこはグッとこらえて先に進む。
現実か仮想か?主人公ダグラスと観客の「リコール」体験
基本的には、主人公ダグラス・クエイド(コリン・ファレル)が体験していることが現実なのか、それともリコール社が提供している仮想記憶なのかという謎を軸にストーリーは展開していく。
主人公ダグラスは、物語の途中で、何度も現実か仮想記憶なのかという判断も含めたさまざまな決断を迫られることになる。
その迷いを体現するという意味では、今回のコリン・ファレルはいいキャスティングだと思う。
「トータル・リコール(1990)」はシュワちゃんありきのキャスティングだったのだろうけど、やはり彼は迷う主人公にはふさわしくない気がする。
主人公ダグラスには、「あれ、何か知らないけど、身体が勝手に動いて敵を倒しちゃったよ」という意外性が求められるからだ。
面白いと思ったのは、我々観客も主人公ダグラスとは別の意味で「リコール(思い出す)」体験を味わうことだ。
随所に「トータル・リコール(1990)」と意図的に似せたシーンが散りばめられており、途中で「あ、こんなシーン前にもあった」と記憶がよみがえる仕掛けになっている。
結果、劇場に入る前には殆ど忘れていた「トータル・リコール(1990)」の記憶がかなり戻ってきたのだ。
それだけではない。「ブレードランナー」「JM」「フィフス・エレメント」「12モンキーズ」「アイ,ロボット」「マイノリティ・リポート」…今まで観た数々のSF映画の記憶も同時によみがえってくるのである。
最初は「ブレードランナー」の焼き直しだなと思った美術も、もしかしたらそういった意図のもとにわざとデザインされていたのかと思いたくなるくらいだ。
特筆すべきは、やはりローリーを演じるケイト・ベッキンセイルだろうか。「トータル・リコール(1990)」ではシャロン・ストーンが演じた悪役を魅力的に演じている。
いいぞ!やれ!って僕はどっちの味方なんだという(笑)
残念な予告編と鑑賞後の楽しみ方
しかし、1点苦言を呈したいのは、この「トータル・リコール(2012)」の予告編だ。
途中、「トータル・リコール(1990)」を観ていた人に対してのちょっとした引っ掛けがあるのだが(その前に伏線があるので、分かる人はさらにその引っ掛けを回避できる)、その答えのシーンが予告編に入っているのだ。
これはもしかして、日本における予告編のローカライズに問題があるのかと、本国アメリカのオフィシャルサイトで、オリジナルの予告編も確認したが、やはりネタバレしていた。
映画自体に良いシーンがなくて、予告編自体も本編同様にヒドい出来なものがごくまれにあるが(作品名は内緒)、「トータル・リコール(2012)」はそういうわけではない。
むしろ予告編に入れられる優れたシーンがいくらでも他にあった作品なのだから、ネタバレシーンはあえて入れないで欲しかった。
映画好きな人間にとって、本編上映前に流れる予告編は楽しみの一つであるが、それは同時に回避できないものであり、そこでネタバレされてしまうのは残念でならない。
今回の「トータル・リコール(2012)」は、とにかく映画を観終わったあとに、あれはこうだった、いやこうじゃないの、と恋人や友人、あるいは家族など、この映画を観た人の間で会話が弾むような作品だと思う。
恋人や友人間であれば、いくら「フォール」にツッコミを入れようが構わないし、他にもツッコミどころがかなりある(笑)
それに、例えばネイルに対するタトゥーなど、小ネタを含めて、旧「トータル・リコール(1990)」と比べられる面白さもある。
また、プロアマ問わず、自分で物語を作る人にとっては、ああでもない、こうでもない、自分ならこうする、オチはこっちに持ってく、など、非常にイマジネーションが拡がる作品だと思う(笑)
そういった楽しみ方こそ、この映画の醍醐味ではないだろうか。
そしてまたすっかり忘れて、来るべき次の「リコール」体験を待つのだ(笑)

「前作の時まだ高校生だし」



