「ゴーン・ガール」感想(ネタバレなし)

真実を必要としない現代


※ジャケット画像はAmazonリンクを使用しています。

「ゴーン・ガール(GONE GIRL)」とは

ギリアン・フリンによる小説「ゴーン・ガール」をベースに、「セブン」「ファイト・クラブ」のデヴィッド・フィンチャー監督が映画化したものである。

脚本は原作者であるギリアン・フリン自身が担当している。

「ゴーン・ガール(GONE GIRL)」序盤のあらすじ

5回目の結婚記念日の朝、外出したニック(ベン・アフレック)が自宅に戻ると、ガラステーブルが粉々に割れていた。

異変を感じたニックは、妻のエイミー(ロザムンド・パイク)がいないことに気付き、警察に通報する。

エイミー失踪事件は、すぐにマスコミに取り上げられ、ニックは妻を探していることをテレビで訴える。

しかし、浮かび上がってくるのはニックの不可解な行動であった…。

前田邦彦の感想

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(注:基本的に以下の感想はネタバレなしの方向で書いています。ただ物語は何でもそうですが、一切予備知識を入れない方が当然楽しいので、その点はご了承ください。)

映画館で本編開始前に流される予告編。長年の経験から、数本の予告編の中で、興味が出るもの、そして、一見で地雷と分かるもの(笑)が存在する。

「報道の通り 妻のエイミーは3日前から- 行方不明です」

ゴーン・ガールのTEASER TRAILERに字幕を付けた予告編を観た時、

妻が行方不明のフーダニット(※1)もの?

ありがちかな?

と思っていたものの、映画を観終わったあとでも、その映像が気になって頭から離れない。

そして、検索してみると、やはりというか、デヴィッド・フィンチャー監督最新作。

1分半の映像で、引っかかりを残し、検索させた時点で、もう映画としては勝ちだろう。

というわけで、映画館に行くことを心待ちにしていたものの、上映時期が年末年始の多忙な時期と重なってしまい、観ることができす。

先日、ようやく観ることが出来た。

ちなみに、今回は初めてAmazonのインスタントビデオを使用してみた。

僕はKindle Fireを所有していて、クーポンがあったので、それを使った次第である。

ただ、Kindleではなく、21.5インチのモニタで視聴しましたが。

さて、映画本編である。

デヴィッド・フィンチャー監督の前作「ドラゴン・タトゥーの女」が、いかにもフィンチャー節全開のオープニング・タイトルからスタートするのに対し、「ゴーン・ガール」にはそういった派手な仕掛けはない。

音楽は、トレント・レズナーとアッティカス・ロスが「ソーシャル・ネットワーク」「ドラゴン・タトゥーの女」同様に担当している。

僕は「ソーシャル・ネットワーク」のサントラがお気に入りで、かなり聴き込んたために、印象としては「ソーシャル・ネットワーク」に近い感じを受ける。

しかし、前述の通り、この作品は、5回目の結婚記念日の朝、突如失踪した妻のエイミーを探す夫、ニックの物語であり、フーダニットのサスペンスものだ。

ニックは妻のエイミーが失踪してすぐに警察に通報、その捜査に全面的に協力するのだが、彼女の行方はようとして知れない。

そして、途中でニックが意図的に警察に情報を隠し始めるあたりから、事態は一変するのである。

この感想はネタバレしない方向で書いているので、プロットを一言でまとめることは避けるが、小説ベースのトリックを巧みに映像化していると思う。

途中で、なるほどそういうことだったのか!と膝を打つこと請け合い。

また、全編に渡って何気ないシーンまでが素晴らしくコントロールされていて、そこから抽出・構成された予告編が素晴らしいのも納得といえる出来である。

興味深いのは、「ゴーン・ガール」で描かれている現代の歪みとも取れる部分だ。

エイミー失踪事件は、エイミー自身が、子供の頃からの有名人という背景もあって、すぐに全米にテレビ放映されるのだが、他人の不幸がエンターテインメントとして消費される様子は、現在のネットによる炎上と共通する加熱ぶりを見せる。

ニックの双子の妹、マーゴは事件に巻き込まれていながらも、逐一ネットでニックの評判をチェックする。

さらにニックが弁護士に、テレビ会見のレクチャーを受けるに至って、もはやそこには笑えない事実が存在する。

それは、

「現代社会においては、世間に対するプレゼンテーションが自分の命に直結する」

ということだ。

確かにニックのケースは極端なケースかもしれない。

しかし、あなたの周りにも、ツイッターのリツイートやfacebookのいいね!を必死で集めている人がいるだろう?

現代社会においては、その中身がどうあれ、他人にどう見られているかこそが最大の関心事で、それをベースに経済が回っているのだ。

ブルーボトルコーヒーのオープン初日に客が殺到するのは、コーヒーが飲みたいからではない。

SNSにあげて自慢したいからなのだ。

「ゴーン・ガール」においても、犯人が誰なのか、真実は何なのか、その一番重要な部分よりも、事件によって他人にどういった印象を持たれるか、これが一番の関心事であり、そのために全員が動いている。

現代社会においては、他人にどう思われるかこそがすべてであり、もはやそこに真実など要らないのだ。

そういった空恐ろしさこそが、「ゴーン・ガール」の主題なのではと思うのである。

(※1)フーダニット(Whodunit = Who done it):推理ものの中で、誰が犯行を行ったのかが主軸となる作品。