「スター・ウォーズの続編」という高い壁に挑む
「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」観てきました!
映画「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」とは
アメリカで制作された2015年の映画である。日本公開は2015年12月18日。
原題は「STAR WARS:THE FORCE AWAKENS」
新しい主人公であるレイをデイジー・リドリーが演じる。
また、オリジナル・キャストであるハリソン・フォード(ハン・ソロ)、キャリー・フィッシャー(レイア姫)、マーク・ハミル(ルーク・スカイウォーカー)が登場することでも話題になった。
さて、「スター・ウォーズ」については、もはや説明不要ではあるが、ジョージ・ルーカス監督によるスペースオペラ作品群である。
これまで以下の作品が存在する(スピンオフ作品を除く)
- 「スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望」(1977年/特別篇1997年)
- 「スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲」(1980年/特別篇1997年)
- 「スター・ウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還」(1983年/特別篇1997年)
- 「スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス」(1999年)
- 「スター・ウォーズ エピソード2/クローンの攻撃」(2002年)
- 「スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐」(2005年)
映画の公開順と、「スター・ウォーズ」内の時系列の順番は逆になっていて、まず最初にEP4~EP6(ルーク3部作)が公開され、のちにEP1~EP3(アナキン3部作)が公開された。
当初、「スター・ウォーズ」は全9部作から成ると発表されていたが、アナキン3部作の公開後、ジョージ・ルーカスにより全6部作であると訂正され、完結していた。
しかし、2012年にウォルト・ディズニー・カンパニーがルーカスフィルムを買収されたのち「エピソード7」の製作が発表された。
「エピソード7」から「エピソード9」までの3部作が予定されており、「エピソード7」である「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」は新3部作の序章にあたる。
また、新シリーズはジョージ・ルーカスは監督せず、「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」はJ・J・エイブラムスが監督することになった。
「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」序盤のあらすじ
「スター・ウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還」から約30年後。最後のジェダイであったルーク・スカイウォーカーが姿を消した。
ルークが姿を消して以降、銀河帝国の残党がファースト・オーダーという組織を結成し、再び銀河に恐怖をもたらしていた。
ルークの双子の妹、レイア姫は、今やファースト・オーダーに立ち向かう組織レジスタンスの将軍になり、必死にルークの居場所を探していた。
ルーク・スカイウォーカーの地図を手に入れたレジスタンスのパイロット、ポー・ダメロンは砂漠の惑星ジャクーでファースト・オーダーに急襲され、その地図をアストロメク・ドロイドBB-8に託す。
BB-8はそこで、レイという少女に出会うのであった…。
「スター・ウォーズ」現象
「スター・ウォーズ」は前述の通り、ジョージ・ルーカスによる世界的に超有名なタイトルである。
僕は「エピソード1」公開時にアメリカに留学していたのだが、その加熱ぶりは映画というより、もはや祭り。
今回の「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」も、公開前の予告編からハリソン・フォード演じるハン・ソロとチューバッカが登場し、熱狂を持って迎え入れられていたのは記憶に新しい。
J・J・エイブラムスが監督する新しい「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」はどのような映画になるのか…。
旧三部作へのリスペクトと監督の戦略
まず、映画が始まって最初のシークエンスで、
「あ!J・J・エイブラムスは旧3部作(ルーク3部作)に寄せてきたか!」
と、真っ先に思った。
「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」は基本的な映像のテイストはルーク3部作に寄せ、それをCGで補完するという方法によって作られている。
なぜか?
その答えは「スター・ウォーズ」過去の6作と、それを取り巻く状況にある。
「スター・ウォーズ」シリーズを振り返ると、シリーズの時間軸とは異なり、エピソード4から映画化されている。
エピソード4の時期の映画製作は、特撮分野の黎明期と呼べる時代で、当然のことながらまだCGなど存在していなかった。
そのため、ジョージ・ルーカス監督のイメージを完璧に再現するには至らなかった。
そこから20年以上が経過し、CGが普及することによって、エピソード1が製作されるに至ったわけである。
しかし、熱狂的なファンを生み出した「スター・ウォーズ」シリーズは、ルーク3部作がもはや神格化されるほどの人気を獲得していたために、
「CGを使ったこんなキレイな映像はスター・ウォーズではない!」
という的外れな批判がファンから起きてしまう。
ジョージ・ルーカスがオリジナルから20年後に当時の技術で妥協せざるを得なかった部分を修正した「特別篇」を製作し、なおかつ技術が円熟した段階で作り上げた「エピソード1」の映像が、すごすぎて「こんなのスター・ウォーズじゃない!」と批判される。
ショボイものを出してきて批判されるなら話は分かるが、すごいものを出してきて批判されるとは、はっきり言ってルーカス監督に同情せざるを得ない。
そもそも、エピソード1は、そのほとんどのシーンがグリーンバックによって撮影され、俳優とCGキャラクターが共存するという技術的にはエポックメイキングと呼べる映画だったのに、である。
「スター・ウォーズ」の生みの親であるジョージ・ルーカスですらこの有様。
となれば、新作を任されたJ・J・エイブラムスにとっては相当厳しい状況だったはずだ。
そこで、「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」で出された答えが、前述のように最初のルーク3部作に寄せることだったわけである。
当然これは意図的に行っているものだ。
なぜかというと、J・J・エイブラムスは本作より前に、「スター・トレック」の監督も手掛けているので、両者を比較することで、その手法の違いが明確に分かるからである。
「スター・トレック」は過去のシリーズを踏襲しつつも、ディテールなどは解像度を引き上げ、また世界観を壊しはしないものの、さらに新しいものを提示するスタイルになっていた。
それまで誰も観たことのなかった新しいスター・トレック像を提示してきたわけである。
対して「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」は、あくまで過去のシリーズからはみ出さないように作ってある。
現在の目で見るともはや古臭いとしかいえない場面転換のワイプ。
そしてレジスタンスが使用するXウイングのターゲット照準の画面のチープさ。
おそらく相当に過去作を研究したうえで再構築してあると思う。
僕個人の思いとしては、アナキン3部作で、ヨーダは人形であるべきとか言い出すようなファンには閉口するばかりであるが、とはいえ、スター・ウォーズという作品で、ルーカスでない人間が監督をする以上、J・J・エイブラムスのこの判断は正しいと思う。
新しいものを提示するのもチャレンジだが、一切を過去のシリーズの中からはみ出さないように製作した新作というのもまたチャレンジだと思うのだ。
ストーリー展開とキャラクターの魅力
ストーリーははっきり言ってエピソード4の焼き直しである。
しかし、アナキン3部作は、ルーク3部作の前日譚であったために、どう転んでも最終的にアナキンがダース・ベイダーになるという結末まで分かりきっていたために、先を予測する楽しみはなかった。
それに対して、本作はスター・ウォーズの時間軸のなかでも最新の部分を扱うために、この先どうなるのかといった楽しみにあふれている。
また、スター・ウォーズは、その登場キャラクターがたとえチョイ役であっても、その大半がトイなどで商品化される傾向にあり、過去作と同様、キャラクター構築は非常に考えられている。
予告編で、その手があったかと感心させられた十字型のライトセーバーを操るカイロ・レンは、ダース・ベイダーのマスクを踏襲しつつもさらに洗練されたデザインでカッコイイ。
ミレニアム・ファルコンも、Xウイングも、ストーム・トルーパーも、時代が違うので、当然すべて過去作とはデザインが違うのだ。
そして何と言ってもレイの相棒になる新登場のドロイドであるBB-8。これが可愛い。
球体のボディが転がるこのデザインが、今や実際に同様の動きをするトイで手に入るのが何とも未来的。
「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」は「スター・ウォーズ」の最新作としては文句の付けようがない完成度を誇ると思う。
普通に映画として観た場合、いろいろツッコミどころがあるが、そのツッコミどころは過去作すべてに共通する部分であり、「スター・ウォーズ」とはそういうものなので仕方がないとしか言いようがない。
そのため、「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」に関しては、これを初見の「スター・ウォーズ」にしてはいけないと思う。
とにかく最低でも過去の6作を観ていることは必要であろう。
ジョージ・ルーカスにより全6部作と発表があった時、幻となった第7部を、この完成度で、こうして観ることが出来る。
それだけで十分に価値があると思うのだ。

“修行を始めよう”
“はい!”

“私を背負って走りなさい”

“嫌です!”

“ジェダイの修行だから”
“そんなわけない!”
※続編EP8を大胆予想(笑)
