制約を逆手に取る脚本の妙
メン・イン・ブラック3を3Dで観てきました。
予想以上に面白かったので、さっそくのレビューです。
「メン・イン・ブラック」シリーズの歴史と続編の課題
まず、メン・イン・ブラック(以下、MIB)は、1997年のアメリカ映画。
UFOがらみの都市伝説で目撃され、本来悪役で語られる黒づくめの男(メン・イン・ブラック)が、実は凶悪宇宙人から地球を守っていたという逆転の発想のSFコメディィ映画で、大ヒット。
そして、そのヒットを受け、2002年には続編のメン・イン・ブラック2が作られた。
その後、アニメなども制作されたそうだが、続編のMIB3が前作MIB2から10年後に公開というのは普通に考えると遅すぎると思う。
映画の「続編」が持つ構造上のメリットとMIB3
さて、そもそも映画で続編が制作されるのはなぜか?
それは、前作の観客が再び観に来てくれることを期待して?
確かに、それもあるだろう。
しかし逆に考えると、前作を観ていない人を新規に呼び込むのは難しいので、続編は続ければ続けるほど縮小再生産に陥る諸刃の剣とも言える。
ところが、物語の構造から考えると続編には明確なメリットが存在する。
ここで再びの質問だが、
映画というものは上映時間すべてを物語を語るため使える?あるいは使えない?
正解は「使えない」である。
そんな馬鹿なと思うかも知れないが、映画というものは、ストーリー部分の他に、キャラクター構築の時間が必要なのだ。
つまり、主人公など登場人物の性格、職業、バックボーンなど、まず観客にキャラクターを把握してもらうための説明時間が必要なわけ。
ところが、続編の場合、このキャラクター構築の時間が必要ない。
観客はもう前作で主人公のキャラクターを把握しているからだ。
そのため、いきなり本題に入れる。
とくにアクション映画などであれば、上映時間をまるまるアクションに使えてしまうので、続編の方が面白く感じることも多い。
初対面の人間より、何度も会っている人間との方が、同じ時間であっても、会話が盛り上がるようなものだ。
これが続編の物語の構造上のメリットである。
しかし、そう考えると、MIB3は前作から時間が経ちすぎていて、そのメリットの効果は薄れている。
少なくとも僕の場合、




もう、何となく面白かったくらいの印象しか残っていない。
おそらく3Dでなければスルーしたし、前作を復習してから観る気もさらさらない。
予想を裏切る脚本の完成度とキャスティング
で、僕の観る前の予想としては、宇宙人やらクリーチャーが3Dで大暴れで、そこそこ面白い脚本。
ところが、これがいい意味で裏切られた。
途中で、自分の最初の予想が甘かったことを大いに反省。
とくに脚本の出来にプロの仕事を見せつけられた。
これは素直にすごいなと思った。
まず始まってすぐに思ったのが、トミー・リー・ジョーンズがびっくりするくらい老けていたこと。
これで激しいアクションは無理だろ…。
ところが、ずっとエージェントKは出ずっぱり。
ちょっとネタバレするが、予告編で分かる範囲だし、この脚本の素晴らしい所なのであえて言うと、おそらくそのためにタイムスリップものにしてある。
つまり、MIB3で活躍するエージェントKは、ほとんどがジョシュ・ブローリン演じる若き日のエージェントKなのだ。
これが、本当に素晴らしいキャスティングで、トミー・リー・ジョーンズがずっと出ているような存在感がある。
そして、おそらくニューラライザーくらいしか覚えていない観客(すいません僕のことです)でも、問題なく進むストーリー。
序盤からニューラライザー使いまくるので、おそらく初見の方でも大丈夫だろうし。
伏線も、このMIB3だけの範囲内で分かるように作られているし、アイテムなどの仕掛けの使い方も巧い。
単にそういう映像が欲しかっただけだろと思ったアイデアが、あとから意味のある仕組みや設定に活かされてくるあたりに感心させられた。
CGに関しては、技術も円熟期に入ってますから、普通に最高水準であるし、「アバター」ぶりの3D映像だったが、やはり立体映像は面白い。
高所が苦手な僕は、その臨場感に、手に汗握った(笑)
そして、途中で、あれ?っと思った部分が、最後に綺麗にはまっていく伏線の回収は見事。
さまざまな制約を逆算して緻密に配置されたアイデアに脱帽モノである。
かといって、そういった技術的なことに興味のない人でも、普通に楽しめる作品だと思う。
おそらく普通に楽しめるって所を目指してるのだろうと思うし、そこは完全に成功している。
